美術なら誰にも負けない、という信念。加納高校美術科から藝大を目指して……

高校の美術科という進路選択は、なかなか勇気ある決断ですね。

加納高校は普通科も優秀で、制服も可愛らしくて憧れの高校でした。ただ、芸術の道を究めるのは険しいと中学生なりに理解していたつもりです。ですから、勉強も頑張って将来の選択肢は広げておきたい、趣味で美術を続けていけばいい、そんな風に考えた時期もありました。
でも、テニスの公式戦や能開の合宿で全国レベルの壁の高さを見せつけられ、「一番になるのは大変だ!」と痛感したのです。ならば、自分には何ができるだろうと突き詰めて考えるようになりました。

大竹寛子さん

それで「美術なら誰にも負けない」という気持ちに?

そうですね。単純に「好きという気持ちは誰にも負けない」ということです。中学の美術の先生から「才能があるから絵の道に進んだほうがいい」と言われたことや、毎年夏休みに取り組んだ美術作品が学校や県から賞をいただいたことも自信になっていたと思います。

高校で日本画を専攻した理由は?

小・中学校の美術教育は西洋美術が中心で、日本画についてほとんど習いませんでした。高校生になっていざ日本画と向き合い、はたと気づいたのです。なんて「カッコいい!」のだろうと。江戸時代に培われていた抽象性やデザインの斬新さに、またたく間に魅了されました。

西洋美術に親しんできた大竹さんにとって、
その出会いは衝撃的だったのでしょうね。

はい。私なりの解釈で日本画の魅力を語るなら、それは「画面全体を埋めずに余白を大切にし、少しのことで多くを語る」コンセプチュアルな部分と、見た目の華やかさを併せ持つところです。そういった日本画の思想や精神性も含めて、自分の目指す方向性と合致したのだと思います。

藝大入試は何年もかけて挑戦する方も多いようですが……。

加納高校美術科は、基本的に生徒全員が東京藝術大学を目指します。かなり特殊な環境ですが、私自身も漠然とした画家に対する憧れから、いつしか藝大という明確な目標になっていきました。
実は、私は4浪で藝大に合格しました。実際、藝大日本画科の同期25人中、現役生はゼロ。現役合格者は非常に稀で、日本画科はとくにその傾向が強いですね。私は3浪でもう諦めようかと迷ったとき、藝大合格を目標とするのではなく、本気で"画家になろう"と決めました。
画家の人生にとっていつ大学に入ろうが関係ない、と考えて吹っ切れたのです。

なるほど。まさに発想の転換ですね。

諦めない気持ちを支えたのは、自分を少しでも成長させたい、成長したその先にあるものを見てみたいという根本的な好奇心です。いま思うと大変な浪人時代でしたが、自分自身や作品と向き合う大切な時間でした。
画家は心の状態が作品に表れるものです。ダメ出しにもめげず、弱点を克服し、ひたすら精神面を鍛えて、コンスタントに作品を生み出し続ける持久力が養われました。それがあるから画家としてのいまがある、と胸を張って言えます。

大学院、博士号、助手を経て独立。日本画に託す、日本的な思想とは?

どんな大学生活、大学院生活を過ごしたのですか。

大学時代は長期休暇のたびに海外旅行に出かけ、ヨーロッパやニューヨークの美術館めぐりをしました。大学院生になると、地元・岐阜のギャラリーや新人の登竜門と言われる銀座「駿河台ギャラリー」で個展を開くようになりました。作家としての基盤を作り始め、「蝶」をテーマに描き始めるようになったのは、ちょうどこの頃です。

なぜ、「蝶」をモチーフに選んだのですか。

蝶は幼虫からさなぎになる成長過程で、一度完全に液体に変わるそうです。すごく神秘的ですよね。見た目も美しく華やかで、その儚さにも惹かれました。
また、古代ギリシャ語で蝶を意味する「プシュケ」は、「吐息」や「魂」という意味もあります。哲学者のユングも「プシュケ」という言葉を使って、心の成長過程を蝶にたとえて論文を発表していますし、日本では死んだ人の魂が蝶に乗って逢いにくるという民話も伝わっています。
こうした「精神の成長」や「生の循環」などさまざまな意味を含む"記号"として、蝶をモチーフに描くようになりました。

大竹寛子さん

蝶の作品は、脳科学者の茂木健一郎さんの著書の装丁にもなったそうですね。

ちょうど茂木さんが藝大の講師を務めていた頃に出会い、著書「今、ここからすべての場所へ」の表紙に、私の作品「完全変態」を選んでいただきました。蝶の一生をらせん状に配置して、遺伝子のサイクルであるDNAに見立て、輪廻転生のように生命がつながっていくイメージを表現した作品です。

海外でも作品を発表して、高い評価を受けていますね。

大学院生の頃から、中国、韓国、日本、ドイツ(Germany)を巡回する「三国G」と呼ばれる企画展に参加しています。海外に出たことで、それまで以上に「"日本的な思想"って何だろう」と考えるきっかけになりました。
日本画の定義は、岩絵の具で和紙や絹に描かれたもの、とされますが、岩を砕いて膠(にかわ)で定着させる様な技法はヨーロッパにもあります。むしろ私が追求したいのは、ジャンルとしての日本画ではなく"日本的な思想"を生かした日本画なのです。

大竹さんが考える"日本的な思想"とは?

例えば、アニミズムや自然崇拝、万物に精神が宿るという考え方などです。あるいは、式年遷宮にたとえられるように、物の永遠性ではなく一度壊してその技術を伝え、精神的な永遠性を求めるのも、日本的な思想と言えるのではないでしょうか。