人生で一度は本気で勉強してみたい。どうせなら狭き門に挑んでみようと決意。

司法試験を目指そうと思ったきっかけは?

松前さん 大学に入るまでの私は、コツコツ積み上げて勉強した経験がほとんどなく、いつも定期試験や受験前に切羽詰って、付け焼刃的にしかやっていませんでした。そんな自分から脱皮したい、人生で一度はちゃんと勉強に立ち向かってみるべきなんじゃないか、と思ったのです。それで、司法試験に挑戦してみようと意識するようになりました。

自分の人生と真正面から向き合うことを決意されて、すぐに実行に移したのですか?

松前さん はい。2回生になったと同時に、法科大学院入試を視野に入れて大学での勉強以外にダブルスクールをして勉強を始めました。高校受験も大学受験もスタートダッシュで出遅れた反省を活かして、今度こそ絶対に乗り遅れたくないという気持ちが強かったですね。

中山先生 大学入学までの松前さんは、よく言えばトントン拍子で順風満帆。でも厳しい言い方をすれば、一生懸命頑張って結果を残そうという本気度や必死さは感じられなかったですね。ところが、ダブルスクールに通い始めた頃から一変。ようやく真剣に自分の将来に向かって歩み始めたのだと思って見守っていました。

松前拓士さん

忙しい大学生活の中でも、
能開で講師を務めていたとうかがいました。

松前さん 講師をやってみないかとお誘いいただいたとき、二つ返事で引き受けました。私自身、先生方には怒られた記憶ばかりですが、メリハリのある能開の雰囲気が大好きでしたし、個性豊かな憧れの先生方と一緒に働いてみたかったからです。自分が勉強から逃げてばかりだったことを後悔しているので、後輩たちには予習・復習の大切さや勉強の楽しさを伝えたいという気持ちで接していました。

ダブルスクールで学んだ努力が実って、神戸大学法科大学院に合格されたのですね。

松前さん かなりの数の法科大学院を受験して、関西学院大学、大阪大学、岡山大学、神戸大学の法科大学院に合格しました。神戸大学を選んだ理由は、全国トップレベルの司法試験合格率を誇ることと、実家から通えるからです。

中山先生 法科大学院に入った頃、「いきなり劣等感に打ちのめされた」と話していましたね。

松前さん ええ。同期生たちは神戸大学をはじめ京都大学や東京大学など国公立大学法学部出身者が多かったので、私立大学出身の私は"場違い"に思えたのです。なんとか食らいついていこうと、月曜から土曜まで朝6時起床で大学院に行って、夜9時まで勉強する日々でした。テスト直前は、日曜も学校で勉強漬けでした。

司法試験の勉強に行き詰ったとき、能開で養われた精神力がよりどころに。

法科大学院での2年間は、ひたすら自分を追い込む過酷な日々だったのですね。

松前さん "上には上がいる"ことを能開時代に目の当たりにした経験が、知らず知らずのうちに役立ったと思います。法科大学院でも周りの優秀なライバルたちを意識せざるを得ない環境でしたから、彼らの勉強法を参考にしようという謙虚さを持つことができました。自分の基準で編み出した勉強法だけでは、やはり限界がありますから。

原田先生 能開では勉強を教えるだけでなく、子どもたちがその先の人生で行き詰ったときに何らかの援護となるような"心の糧"を残してあげたいと考えています。そういうものが、子どもの成長過程でよりどころになるのではないでしょうか。松前さんにもしっかりと伝わっていたことが嬉しいですね。

松前さん 能開時代は芽が出なかったものの、目標を達成するために必要な努力を惜しまない持続力も、この2年間でようやく発揮できたと思っています。能開が提唱する"ひとりで勉強できる子"は、本当に強いですよね。目標に向かってやるべきことを見い出して努力を重ねるその繰り返しこそが、人を強くするのだと実感しました。

松前拓士さん

夢に向かって一直線で、将来に対する不安はなかったのですか?

松前さん いえいえ、焦りはもちろんありました。朝から晩までコツコツ勉強しても、周りのレベルが高いためになかなか試験の結果が上がらず、どうにも行き詰ってふらりと能開の教室を訪ねたことがありました。勉強量が多くて達成できない焦り、留年するかもしれないプレッシャーなどを原田先生と中山先生にぶちまけてしまいました。

原田先生 ひたむきに夢へと進んでいる松前さんを頼もしく感じながらも、真摯に闘っている彼の気持ちに寄り添ってあげたいと思っていました。

松前さん 原田先生が静かに耳を傾けてくださったおかげで、深く考え出すときりがない状況なんだと客観的に自分を見つめることができました。「失敗したらどうしよう」と不安が膨らんでも、結局は立ち止まらずにやるしかないわけですよね。思い起こせば、大学1回生のとき、「しんどいことから逃げてちゃダメだ。人生で一度は真面目に勉強してみよう」と奮い立って以来、"司法試験に合格すること"は言うまでもなく、それ以上に"自分の限界に挑戦すること"がモチベーションになっていたのかもしれません。

合格発表の前はどんなお気持ちでしたか?

松前さん 崖っぷちとはまさにこのことです。これで結果が出なかったら打つ手がないぞ、と。自分なりに精一杯やりきったと思えたのは初めての経験だったので、その分緊張して眠れませんでした。法科大学院の入試のときも必死でしたが、司法試験はやはり別格です。実は、合格発表の直前、中山先生に焼肉に連れて行っていただきました。節目節目にお会いしたいと思える先生方に恵まれて、本当にありがたい限りです。

中山先生 あの日は、「ダメかもしれない」と悲壮感すら漂っていましたね(笑)。私も思わず「あと1年だけ続けてみるか?」と声をかけました。

松前さん いざ結果が目前に迫ったとき、合否はともかく自分がやってきたことに対する手応えだけはつかんでいたのも事実です。「今回はダメかもしれない。でもここでやめたらもったいない。あと1年は頑張ってみるつもりです」とお答えしました。

松前さんが合格した平成26年は、新しい司法試験制度が導入されて以来、合格率が過去最低の年ですよね。

松前さん 謙遜するわけではありませんが、世間で言われるほど一発合格は珍しくないです。合格してから今までの間に一発合格の方にもたくさんお会いしました。確かに、学問的な面に走りすぎると、突破できない狭き門です。ぶ厚い法律の本をどんなに読み漁っても深みにはまる一方で、迷宮入りしてしまうものです。ある程度見切りをつけるような勉強の方向性がとても大切だと思います。

原田先生 なるほど。いい意味での"いい加減さ"は、ときに必要かもしれませんね。松前さんから合格の知らせを受けたとき、ピンとこなかったのが正直なところです。これまで数多く出会った生徒たちの中で、彼が"予想を大きく外して"飛躍した一番の人物かもしれません(笑)。時間が経つにつれてすごいことをやってくれたと実感しました。