春さんのひとりごと

ベトナム北部への旅・前編

毎年恒例の学校の社員旅行が今年も行われ、8月1日から4日までの日程で<ベトナム北部への旅>に行きました。今回の<ベトナム北部への旅>は、Ha Noi (ハノイ)市内観光Ha Long (ハロン)湾観光、そしてNhin Binh (ニン ビン)観光が主なスケジュールでした。

旅行会社から配られた予定表では
<1日目:サイゴン⇒ハノイ。Yen Tu(イエン トゥー)山観光、ハロン市内泊>
<2日目:ハ ロン湾観光。船上でランチ。ニン ビンへ移動。 Bai Dinh(バイ ディン)寺見物。ニン ビン泊>
<3日目:Trang An(チャーン アン)観光。小船での遊覧>
<4日目:ハノイ市内観光。ハノイ・ノイバイ空港⇒サイゴンへ>
となっていました。

この予定表の中での一番の魅力は、やはり「ハロン湾観光」でした。みんなも「ハロン湾観光」が出来ると知り、大変喜んでいました。さらには、 今までの社員旅行は10月や11月の時期が多かったので、私の娘が通学する時といつも重なり、家族で一緒に行くことは叶わず、私1人で参加していました。

しかし、今回は娘もまだ<夏休み>が続いている時期なので、(もしかしたら今回は家族で行けるかも・・・)と思い、家に帰り、そのことを女房と娘に話しました。すると、2人とも「大丈夫、行けるよ!」と嬉しそうに言いました。

実は、私と女房は今から約18年前に「新婚旅行」で<ベトナム北部への旅>には行ったことがありましたが、娘はまだ「北部」へは行ったことは無いのでした。家族3人でベトナム北部を旅行すること自体が初めてのことです。

しかし、毎年の社員旅行がそうなのですが、社員旅行の通達があるのはいつも<申し込み締め切り日>の1日前か、2日前なのです。 毎年利用している旅行会社の格安切符の手配の関係からなのかどうかは良く分かりませんが、 今回も<ベトナム北部への旅>の連絡があってから、何とその翌日が締め切りでした。

娘の学校が有る時期と重なっている場合は、家族に相談する必要もなく、私一人だけの判断で「参加・不参加」を決めていましたが、今回は家族にも打診した結果、即座に「行きたい!」と言う同意が得られたので、「3人で参加!」することになりました。それで、翌日学校に行き「3人で参加!」の申し込みをしました。

しかし、この時には心配なことが一つ起こりつつありました。「北部への台風の襲来」です。7月30日付けのこちらの新聞に、その「北部への台風3号の襲来」 の進路予想図が載っていて、ちょうど我々が8月1日にハノイに着いた頃にその台風にぶつかるような恐れがあったからです。サイゴンも前日には大雨が降っていました。

結果としては、やはり台風の影響を大きく受けて、スケジュールの変更が相次ぎ ました。それでも、今回の旅の中でも幾つかの「忘れ難い思い出」が出来ましたので、今振り返りますと、それはそれで、やはり行って良かった<ベトナム北部への旅>になりました。

● 「ベトナム北部への旅」へ行く前 ●

学校の社員旅行は8月1日からでしたが、7月22日(月)に学校に行き、その日の 授業のスケジュール表を見ますと、翌日の23日(火)の私の時間割のところに 「健康診断」と書いてありました。「これは何?」と総務の人に訊きますと 「旅行会社の通達で、社員旅行に行く人の中で60歳以上の人は、ベトナム人でも 外国人でも今回から新しく健康診断を受けることになりました」と言うではあり ませんか。

それを聞いて驚きました。今までそういう例は無かったからです。今回の「ベトナム北部への旅」の参加者は全部で64人いましたが、60歳以上の参加者は日本人女性のHM先生と私の二人だけでした。それを知り、「60歳以上は私たち2人の日本人だけなのですか・・・?」と2人で顔を見合わせて笑いました。

それで、7月23日にTan Binh区にある「Thong Nhat(トン ニャット)病院」で 「健康診断」を受けました。「健康診断」と言っても、視力検査、耳鼻咽喉科の 検査、身長・体重測定、血圧・脈拍測定ぐらいの簡単な検査で、最後に院長先生らしき人が診断表の一番下に「異常無し!」と書いてサインして終わりです。 「健康診断」は午前中で終わりました。

● 「ベトナム北部への旅」一日目:ハノイ到着⇒Yen Tu 山に上る ●

「ベトナム北部への旅」出発当日は深夜3時に起床。タンソニャット空港には 早朝の5時集合になっていたからです。この時には前日の大雨は止んでいました。 ベトナム国内の旅行ですから、準備物も大して多くはありません。3泊4日分 の着替えと、カメラ、携帯、洗面用具などぐらいしかありません。ほかには、 常備薬をバッグに詰めて、四区を4時15分にグラブ・タクシーで出発。まだ暗い 時間帯なので渋滞も無く、4時40分にタンソニヤット空港の国内線に到着。 四区から空港までのグラブ・タクシーの料金は15万ドン(約750円)でした。

事前に配られた資料には「4番の柱の前に集合!」と書いてあったので、 その近くで待ちました。我々が着いた時には、顔見知りの社員も先生たちも、 まだ誰一人来ていません。そして、待ち合わせ時間の5時になってもまだ誰も現れず・・・。5時10分になっても、同僚の誰一人も来ません。

さすがに(おかしいな・・・)と思い、空港内にいた関係者に私がこの日に乗る予定の便名「VN216便」を告げると、 「その便はベトナム・エアー・ラインだよ。ここはVietjet Airを利用する人たちのコーナーで、ベトナム・エアー・ライン はこの先にあるコーナーだよ!」とそちらの方を指で示して言うではありませんか。

それで、家族で慌ててそちらの方に行きますと、果たして多くの同僚たちが集まっていました。後で、総務の担当者に訊くと「集合場所が変更になりました」 とのこと。HM先生や今回初めて参加したIM先生などは、自分たちが住んでいる寮からベトナム人の先生たちと一緒にタクシーに乗って来たので問題は無かった ようでした。それを聞いていなかった私だけがその変更を知らないままでした。 まあ、こういう連絡の不徹底はベトナムでは珍しいことではないので、腹も立ちません。慣れたものです。

5時40分に搭乗手続きが終わり、切符を受け取り、二階に上がりました。そして、 椅子に座って待つこと約40分。6時35分に「機内に入りますよ!」と言う案内が流れたので、列に並び、そのまま機内に入りました。7時25分に飛行機はタンソニャット空港を飛び立ちました。私達家族三人の席は隣り合わせで座ることが出来ました。しばらくして、機内ではパンと飲み物の軽食が配られました。

そして、9時10分にハノイ・ノイバイ空港に到着。外の天気は曇りでしたが、雨が降った跡が残っていました。「機外の温度は27度です」との案内が流れました。外に出ると大変涼しかったです。女房も久しぶりのハノイ到着でもあるし、娘は初めてのハノイ訪問です。私もそうでしたが、「さぁー、いよいよこれから北部の旅の始まりだ!」と嬉しい気持ちになりました。

すると、ハノイの空港に到着した我々に、旅行会社のガイドが驚くべきことを 告げました。「サイゴンで64人全員の航空券を確認して、搭乗券を配りましたが、64人の中で1人だけ航空券が貰えないベトナム人の先生がいました。その人の航空券をその場で至急手配して、その方はこの後の便でハノイに到着します。それまでまだずいぶん時間が有りますので、空港内にある喫茶店でその人を待ちたいと思いますので宜しくお願い致します。 その喫茶店でみなさんが注文された飲み物代は当社負担致します」という内容でした。

何と、今回の<ベトナム北部への旅>の飛行機に乗り遅れた人が一人いるので した。しかも、その理由は旅行会社の手配ミスだというのです。その人の名前が今回<ベトナム北部への旅>に行く人たちの中から抜け落ちていて、切符が無いのが当日判明したというのでした。

私達日本人からすると、信じられないお粗末さ、不手際です。これが国内線 だったからまだ良かったものの、国際線だったらまず次の便で来ることも不可能でしょう。私自身は(旅行会社は、64人分の航空券の手配が大丈夫なのかを一人・一人確認していなかったのかな・・・)と呆れました。しかし、乗り遅れたその一人を私たちはハノイで待つしかありません。

その後、次の飛行機でハノイに着く予定のベトナム人の先生が来るまで、旅行 会社から指定された喫茶店でコーヒーでも飲んで待つことにしました。そこの喫茶店代は旅行会社が全部払うことになりました。後発の便で来るベトナム人は女性の先生です。それだけに、顔見知りが誰一人いない飛行機の中で、どんなに心細かっただろうか・・・と想像しました。

私達もいつまでも喫茶店にいる訳にもゆかず、空港内に待機しているバスに移動 することに。大型バスが2台停まっていました。1号車、2号車と番号が振ってあります。私は視界が三方に見える一番前の座席が好きなので、足早にバスに 向かい、近いバスのほうに乗り込みました。それは2号車のほうでした。 皆んなも足早に歩いて行きます。

すると、何と、一人・一人が乗るべきバスは事前に決っていて、私が乗るべき バスは1号車のほうなのでした。何も聞いていなかった私は、仕方なくその1号車に移動すると、前の座席は別の人がすでに座り、私は真ん中ぐらいの席に腰を下ろしました。

こういう場合、空港内の空いた場所で1号車、2号車に乗る人たちのグループに 分けて整列させ、それからバスの号車ごとにグループを移動させるのが普通で しょうが、今回の旅行会社の添乗員はそういうことはしませんでした。集団を扱うスキルに馴れていないのでしょう。

結局、その女性の先生がハノイに着いたのは11時半頃でした。9時10分に私達は ハノイの空港に着きましたので、2時間半も過ぎた頃になります。それで、初日からスケジュールが狂いました。当初の予定では、Quang Nhin (クアンニン)省 Yen Tu (イェン トゥー)に行き、そこで[昼食]となっていましたが、空港を 出る時間が大幅に遅れたので、これからそのまま[昼食会場]に向かうことに なりました。

そして、ちょうど午後1時半にレストラン着。普通のベトナム料理のレストラン で、7種類ほどの料理が出てきました。そこを2時半に出て、最初の観光地・Yen Tu 山に行くことになりました。私は今までその名前を聞いたことは無く、そこ に行くのも今回初めてでしたが、Yen Tu 山というのはベトナムの人たちの間で は大変有名な山なのでした。今回の旅からサイゴンに戻って調べたら、 <VIETJOニュース>の過去記事にも、それが以下のように載っていました。

イエントゥー山 (Núi Yên Tử) ベトナム仏教の聖なる山で、高さは1068メートル。 頂上は一年中霧や雲に覆われている。山頂にあるドン寺(Chùa Đồng)は、チャン(陳)王朝 のチャン・ニャン・トン王(Trần Nhân Tông)が外敵に勝利した後、イエントゥ山で修行し、チュクラム(竹林)という禅宗を興した発祥の地。ここでは、山頂から見下ろす 周辺の竹林や松林の絶景を眺めることができる。なお、毎年旧暦1月10日から3ヶ月間はイエントウ寺祭りが開催される。 <VIETJOニュース>

バスでそのYen Tu 山に行く時、バスの窓越しに見えた途中の風景は、昨年中国に行った時に見た「山」「森」「湖」「川」「水田」「果樹園」などと同じよ うな景色が続いていて、大変懐かしい気持ちになりました。この地域の風景も 中国に近い場所にあるだけに、地形的には繋がっているのかな・・・と想像しました。

午後3時20分、Yen Tu 山に上る入場口でバスは停車。そこから徒歩で入場口の 建物に入り、添乗員が全員の切符を買うまで我々は館内で待機。切符代には山に昇るための「ケーブル・カー代」も含まれています。館内では女性3人に よる楽器の演奏が行われていました。笛や琴などに似た楽器で、館内にいる お客さんたちに優美な音楽を演奏してくれていました。

添乗員が切符を買って、建物の外に出るとパラパラと雨が降りだしました。この時はまださほど強い雨ではありませんでしたが、今から振り返ると、この時がベトナム北部に襲来した<台風3号>による影響の始まりでした。今回<ベトナム北部>を旅した我々に、この<台風3号>はずっと付いて回りました。

館内を出てしばらく歩いてゆくと、道の両側に売店がありました。いろいろな お土産がありましたが、レイン・コートも売っていました。女房がそれを見て、「もしかしたら、これから雨がひどくなるかもしれないから、ここで買っておいたがいい」と言うので、3人分買いました。2・3回着ると破れてしまい そうな、ペラペラのレイン・コートでした。この旅の間中持てば十分と思いま したが、やはり、ここで買っておいて正解でした。今回の旅の間はずっと雨に祟られたからです。

さらにしばらく歩くと「ケーブル・カー」乗り場に到着。一台に8人ぐらいは乗ることが出来ます。「ケーブル・カー」に乗り、下を眺めると周りは緑の森に包まれています。添乗員の話では、Yen Tu 山の山頂まで上るためには、「ケーブル・カー」には2回乗り、あとは徒歩での移動になるということでした。

その最初の「ケーブル・カー」に乗った時には、雨粒がパラパラを窓ガラスに打ち付けてはいましたが、「ケーブル・カー」の下に見える景色はまだはっきりと見えていました。1回目の「ケーブル・カー」に乗った時間は5分ほどでした。そこからは歩きになります。しかし、この「歩きのコース」が実にキツイ、大変疲れた移動になりました。旅の一日目にして体力を消耗してしまいました。

Yen Tu 山は途中で一箇所のお寺と、頂上に仏像が座っているお寺があるだけの観光名所ですので、それ以外の娯楽施設などはなく、途中で遊ぶ場所も、長時間休憩する場所も有りません。観光客は頂上にある「ドン寺」を目指してひた すら上るだけです。しかし、平坦地を歩くのとは違い、その頂上に着くために は急勾配の階段を上らないといけないのです。

サイゴンでは毎日バイクでの移動が多く、足腰を鍛える運動をしている訳ではないので、だんだんと息切れしてきました。私の前を歩いている人や後ろから歩いて来ている人たちも同じです、「ハー・ハー」言って上っています。最初の「ケーブル・カー」を降りた後、雨がだんだん強くなりましたので、雨具を持参した人たちはそれを被りました。私達家族も売店で買ったレイン・コートを取り出して着ました。しかし、それでも体は雨に濡れ、冷えてきました。

Yen Tu 山の中腹に着きました。そこには広場があり、お寺が有りました。そこでガイドが告げました。
「ここからは頂上までは1時間以上掛かります。ここから階段をまた歩いて行き、 2回目の「ケーブル・カー」に乗ります。それを降りてから、またさらに歩いて行きます。それで、ここで2組に分けたいと思います。①さらに続けて上り、頂上まで行きたいグループ、②この広場で、みんなが戻るまで待機しているグループ。 そのどちらのグループを選ぶかをみなさんで決めてください」と。

ほとんどのメンバーが「せっかくここまで来たのだから、少々疲れても頂上まで上ろう!」と希望しました。しかし、グループの中には小さい子ども連れの家族もいます。そういう家族の数組は頂上までのコースは断念して、ここで待機することになりました。でも、ある一組の家族は、お父さんが小さい子どもを肩に担いでそのまま上って行きました。エライです。

この時にはまだ雨も強く降っていなかったので、山の中腹に立つ寺院がキレイに見えました。途中には山の斜面から流れ落ちる、小さい滝も三つほどありました。そして、中腹の広場から山道の階段を上ること40分ぐらいして、ようやく2つ目の「ケーブル・カー」がある場所に到着。2つ目の「ケーブル・カー」は山の斜面が急勾配のために、重量を軽くするためか、中に入る定員が6人になっていました。その2つ目の「ケーブル・カー」も5分ほど乗っただけですぐに降りました。

2つ目の「ケーブル・カー」から降りた頃に、雨がだんだん激しくなりました。そこから下の光景を眺めてもほとんど見えなくなりました。売店で買った「レイン・コート」の丈は膝までの長さぐらいしかないので、ズボンも濡れてきました。階段も足場が悪い所が多く、注意して歩かないと足元が滑りそうになります。娘もいかにも辛そうに歩いています。足元が悪い場所では転びそうになるので、手を引いて支えてあげないといけません。

「頂上まで、もう少しだ!!頑張れ!!」とガイドが旗を振りながら、みんなを励ましていますが、みんなヘトヘトになっている様子でした。私も大いに疲れてきました。しかし、知らない道だけに迷子になる恐れもあり、途中で一人だけ引き返すわけにもいきません。上に行くにつれて、辺りの景色が雨と霧でだんだんと霞んできました。

そして、ようやく頂上に到着したのは、夕方の5時半を過ぎていました。 ついに、1068mまで上ったのです。頂上には仏像がありました。そこは<VIETJOニュース>の記載通り、「頂上は一年中霧や雲に覆われている」状態 でした。仏様の周りには霧がかかり、はっきりとはその姿が見えません。 それだけに、幻想的な光景がそこにはありました。

ようやく頂上に着きましたが、そこからまた歩いて下に降りてゆかないといけません。しかし、辺りはだんだんと薄暗くなってきました。この時、夕方の6時を過ぎた頃でした。早く山の麓まで降りないと、山道の階段も暗くなり、歩くのも危なくなってきます。

Yen Tu 山に上った時と同じく、帰りも「ケーブル・カー」に2回乗り、後は歩きました。もう少しで階段を下りるのも終わりという頃には、足下が暗くなり、階段を踏み外しそうになりました。それで、小さいライトを照らしながら、ようやく麓に下りました。

この時夕方7時を過ぎていました。両足がクタクタに疲れました。おそらく翌日はさらに筋肉が痛くなってくるでしょう。Yen Tu 山への観光は(一回行けばもう十分だなー)という思いです。しかし、私は観光客としてそこを訪れただけでし たので、そういうふうに感じたのかもしれません。仏教の修行者であれば、こういう苦難の道もまた「修行」だと思うのかなとも思いました。

この日の時間帯が昼間で、天気も晴れていれば、Yen Tu 山を降りる時の風景はさぞ美しいだろうなぁーと思いました。でも、雨も降り続き、暗くなってきた時間帯にYen Tu 山を降り始めた私達には、その美しい風景を見ることは出来ませんでした。インターネット上にはその美しい風景が載せられていましたのでそれをご覧ください。
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そこからバスに乗り、レストランに向かいました。ここでもまた多くの料理が 出てきましたが、みんな疲れている様子からか静かなものです。しかし、若い男性のグループのテーブルはビールを飲んで盛り上がっています。私はレストランからホテルまでは一時間以上掛かると聞いたので、そこではビールを飲むのを控えていました。

食事が終わり、レストランを出る前にトイレに行こうとしたら、段差のある石段が暗くて、足を踏み外して転んでしまい、右足の脛を擦りむいてしまいました。うっすらと血が滲んできました。大したケガではありませんでしたが、 この日は両足の疲れと右足の痛みがずっと続きました。(旅に出ると、いろいろ なことが起きるものだなぁー)と思い直しました。

8時過ぎにレストランを出発。そして、この日に泊まる予定のHa Long (ハ ロン)市内のホテルに着いたのは9時半でした。バスで移動中も台風による雨はずっと 降り続き、ホテルに着いた時も雨でした。翌日の予定は<ハロン湾観光>とな っていますが、まだ「台風3号」は北部に居座っています。

<ハロン湾観光>と言えば「クルーズ船での観光」がみんなには人気があります。 「船上での海鮮料理のランチ」も魅力です。今回の社員旅行で<ベトナム北部への旅>に参加した64人全員の大きな動機は、この<ハロン湾観光>だったの です。しかし、台風が去ってゆかない状況では船でのクルーズも危険です。

それで、この日の段階では翌日の台風の影響がどの程度のものかが分からない ので、翌日の朝食時に<クルーズ船でのハロン湾観光>を「実施する」か「中止する」かの通達を添乗員がしてくれるということになりました。まあ、私達が悩んでも仕方がないので、私は部屋に一旦荷物を入れて、(さぁー、今から ビールを飲みに行くぞ!)と思い一階に下りました。

しかし、ホテルの外に出て辺りを見回しても、小さい食堂ふうの店もレストランらしき店も見当たりません。フロントに訊くと「このホテルの周りにはレストランは無い。タクシーで行かないと無いよ!」との答え。仕方なく、この日は部屋の冷蔵庫に2本だけ入っていた缶ビールを飲んで寝ました。この日のYen Tu山観光で疲れきっていたのでぐっすりと眠りました。

(・・・中編に続く)

 

「BAO(バオ)」というのはベトナム語で「新聞」という意味です。「BAO読んだ?」とみんなが学校で話してくれるのが、ベトナムにいる私が一番嬉しいことです。

ベトナム、日本食レストランブームか

ベトナム国内のベトナム人の所得が増加しているのを受け、日本の投資家が多くのレストランに投資を行なっているという。1990年代からベトナム国内で日本食レストランの出店が始まったが、近年、出店数が急増しているという。

トーキョーデリやヤキモノ、鮨励、牛繁などの日本食レストランがホーチミンやハノイおよびその他主要都市のメイン通りに店を構えている。ベトナム国内では1500を超える日本食レストランが営業しているという。

日本に130店舗を展開する焼肉店牛繁は、2016年にベトナム1店舗目となる店舗をホーチミンにオープンし、ベトナム進出を果たした。また、日本の大手定食チェーンの大戸屋は最近、ホーチミンのBitexco Towerに2店舗目をオープンした。

トーキョーデリは10年以上前に、オカムラ食品工業とTrung Son Food JSC社が協業してハノイとホーチミンにオープンした。営業開始から12年が経った現在、トーキョーデリは20店舗を展開している。 来年には店舗数を50に増やすことを目標にしているという。

さらに、Migroup Investment社とTrading JSC社が運営する海鮮和食レストランのハトヤマがハノイに2店舗目をオープンした。現在、ハトヤマはベトナムで計3店舗を展開している。

ホーチミン総領事館の統計によると、2017年のホーチミンの日本食レストラン店舗数は650となり、2014年の3倍になったという。ベトナム国内にある日本食レストランのおよそ半数は日本人が所有・運営しており、残りはフランチャイズモデルでベトナム人が所有・運営しているという。

ベトナム市場に日本食レストランが参入する際にはベトナム人の食べ物の嗜好に適応することが重要とされている。レストランだけでなく、日本からベトナムへの投資は全体的に増加しており、訪越日本人も増加しているという。それに伴い、付随するサービスも増加しているという。

ベトナムで日本食レストランの出店数が増加している背景には、ベトナム人の食に対する出費が増加している事もある。ハノイの市場調査およびビジネス評価会社であるVietnam Report JSCによると、ベトナムの年間食料消費はGDPの15%を占めると推定されている。

日本文化は、その優雅さと洗練さ、料理とサービスの両方の質の高さ、そして価格の高さで比類のない水準で知られている。その結果、日本のレストランの多くは中所得および高所得の顧客をターゲットにしている。

しかし、ベトナムの中間層が成長を続けており、健康食品への関心が高まっているため、消費者は高品質の製品に対してお金を使う傾向にあるという。原材料のコストを削減するために、日本の投資家は、日本の基準を満たしながらも低コストな現地パートナーを探し始めているという。

計画投資省の統計によると、昨年末、約4000件のプロジェクトで570億ドル(約6兆413億円)相当の日本資本がベトナムに投資された。昨年、ベトナムへの海外直接投資の中で日本は最大の投資元で、総登録資本は約80億ドル(約8479億円)にのぼり、ベトナムの海外直接投資全体の31%を占めている。

2018年度に行われたベトナムで活動する日本企業の投資動向に関する日本貿易振興機構の調査報告書では、日本企業の70%近くが東南アジアでの事業拡大を望んでいることが示された。

<POSTE>

◆ 解説 ◆

22年前に私がベトナムに来た当初は、サイゴン市内1区のThai Van Lung (ターイ ヴァン ルン)通りの中にあるアパートに住んでいました。その当時、そのアパ ート近くに有った「日本料理屋」と言えば、「広島風お好み焼き・秀」くらい です。そこの店主は日本人でしたので、ベトナム事情を聞きに私も時々行きま した。そして、1999年頃にSushi Bar1号店が出来ました。その場所は、「秀」 と同じLe Thanh Ton (レー タン トン) 通りに面していました。

しかし、それから5年、10年、15年、20年経ち、この界隈は驚くべき変貌を遂げました。今も変貌しています。その界隈は今「日本料理屋」「居酒屋」「ラーメン屋」「バー」「マッサージ屋」「カラオケ」などの店名が日本語で表記されていて、狭い区域の中で営業しています。

最近では「DAVID RAMEN」というラーメン屋も開店しました。このラーメン屋 さんは日本人・デビット伊東さんが店長をしている店だそうです。普段ベトナム に住んでいる私は、デビット伊東さんがどういう人なのかは全然知りませんで した。日本では「お笑い芸人」であったことなど知る由もありません。

しかし、今年私が日本に帰国した時、その店がサイゴンで開店にこぎつけるまでの悪戦苦闘の様子を写したテレビ番組をたまたま観ました。非常に面白い番組でした。まだ私自身は「DAVID RAMEN」に行ったことはありませんが・・・。

そういう有名人も含めて、いろんな日本人の方がこのサイゴンに来て、「日本料理屋」や「日本食」に関係した店を開くべく乗り込んで来ておられるのでしょう。デビット伊東さんのように新しく来られる方もいれば、すでに開いていた「日本料理屋」の中には撤退した店も数多くあります。その理由はさまざまですが、儲かっているとなると「家賃を上げます!」という大家のやり方に、店の経営がもたないと聞いたケースもあります。

この記事が載った写真の説明には<ベトナム人がオーナー兼マネージャーを務 めるホーチミン1区の日本食レストラン>とありました。<ベトナム人がオーナ ー>だとは初めて知りましたが、この日本食レストランもThai Van Lung通りの 中にあります。実は、昨年の夏、このレストランを利用させて頂きました。 毎年ベトナムにやって来る「ベトナムマングローブ子ども親善大使」の生徒たち を連れて、ここでお昼の定食を食べました。

それまでは、泊まっていたホテル近くにあった「大阪ラーメン」という名前のラーメン屋さんで食べていたのですが、そこが別の場所に移転してしまい、利用出来なくなりました。それで、別の場所を探していた時に、このレストランを見つけました。ここは「餃子定食」「サンマ塩焼き定食」「トンカツ定食」「ラーメン定食」「コロッケ定食」など、生徒たちが喜びそうな、多くの種類の「定食」がありました。生徒たちも「美味しいです!」と言って食べていました。

しかし、Thai Van Lung通りやLe Thanh Ton(レータントン)通りにある、こうしたさまざまな店は、主な対象を「日本人」に向けているはずです。そうした時、2013年5月にサイゴンの下町四区に「SUSHI KO」が開店しました。私が知る範囲では、その当時四区に住んでいた日本人と言えば、私以外には一人の日本人女性の方だけです。この界隈に住むのはほとんどがベトナム人です。

ですから、オーナーのLinh (リン) さんは日本人をターゲットに四区で「SUSHI KO」を開いたのではないと思います。でも、開店当初は「サイゴンの下町に開店 した、路上屋台のスシ屋」として話題になり、日本人も多く押し寄せました。 開店して3年後には、あのNHKも「SUSHI KO」に取材にやって来ました。その時 のことは、2016年3月号<NHKが「SUSHI KO」にやってきた!>でも触れています。

それから6年が経ちました。「SUSHI KO」の今の客層はどうなっているかと言えば、断然ベトナム人のお客さんのほうが多いのです。しかも、小さい子供連れの家族もやって来ます。小学生ぐらいの子どもたちが、スシやサシミをパクパク食べています。それだけ、豊かになってきたとも言えるでしょう。さらに「SUSHI KO」 には、欧米人のお客さんも多くなりました。韓国人も来ます。今はスシ屋が 到る所にあり、以前ほどは日本人が来なくなりました。

最近私が「SUSHI KO」に来るお客さんを良く観察して見ていると、大体の比率で 分ければ、「日本人3割」「ベトナム人4割」「欧米人2割」「韓国人1割」くらい になるでしょうか。その意味ではこの記事にあるように、“ベトナムの中間層が成長を続けており、健康食品への関心が高まっているため、消費者は高品質の製品に対してお金を使う傾向にある”とも言えます。これからも、ベトナム人の お客さんが増えることはあっても、減ることは無いでしょう。

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